【日本】【重慶バンコク】ラオス鉄道、1日1~2便か[運輸](2018/09/07)
「旅客列車の運行は当初1日1~2往復と聞いている」。ラオス国会議員で物流会社SMTの社長を兼務するプラチット・サヤボン氏は、2021年末に完成する総事業費60億米ドル(約6,680億円)のラオス高速鉄道についてこう話す。中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」事業での、中国の本当の狙いは、タイやその先のマレーシア、シンガポールまでを高速鉄道や、中国・欧州間のコンテナ鉄道輸送「中欧班列」のように繋ぐことだろう。それならば、タイ在来線との接続によって積み替え手数料を発生させるなど「内陸国ラオスにとってのメリットをどう引き出すか」を考え、事業採算性や経済効果を高めた方が良さそうだ。【文・写真、遠藤堂太】
「お客さんはラオス人、中国人、ベトナム人の順に多い」。雨宿りで立ち寄った茶店のラオス人女性店主がそう話し、「モッ・ハイ・バー(1、2、3)」と、最近覚えたというベトナム語を披露してくれた。
ルアンプラバン市街地の北にあるメコン川橋りょうとトンネルの鉄道建設現場。中国人だけではなく、ベトナム人が従事しているとは意外だった。
「地政学的に見れば、高速鉄道事業はラオスの中国依存が強まり、相対的にベトナムのプレゼンスが低くなる事業だ」(中国人の研究者)との見方もあるからだ。しかし、隣国ベトナムとは1975年の建国以来、政治・経済的な強い繋がりがあるほか、ラオス人口(約700万人)の少なさ、ベトナム(人口9,300万人)からの移住民の増加を考えると、ベトナム人が働いている状況は理解できる。
16年12月に本格着工後、わずか1年半あまりで工事進ちょく率が既に37%と報道されているが、ルアンプラバンのメコン川付近の現場をみるとそれは実感できる。ただ、7月から約3カ月は雨期のため、トンネル掘削工事は中断されるといい、建設作業員は少なかった。近くには、中国製建材の販売店、病院のほか、「カラオケ、マッサージ、両替、融資」をワンストップでできるレストランもあったが、がらんとしていた。
■土地収用、補償金より先に
「中国に土地を持っていかれたよ。補償金はまだもらっていない」。深刻な状況のはずなのに笑みを浮かべながら話すのは、ルアンプラバン駅予定地すぐそばに住むティーさん夫妻。高速鉄道事業を恨んでいる雰囲気はない。水田の一部が収用されたというが、木材加工などで生活はできると楽観的だ。高速鉄道には「もしお金があれば乗ってみたい」と話す。
別の場所でも同様だったが、突然のよそ者の来訪でもラオスの人たちは、警戒心をみせず素直に答えてくれ、何者か、目的は何かと尋ねられることもない。穏やかで寛容な国民性に、親しみが湧く。別れ間際に、私が日本人だと明かすと、ティーさん夫妻は、驚きの眼差しと、胸の前に手を合わせ、最上の敬意を示すワイ(合掌)をした。
報道によると、ラオス高速鉄道の土地収用の対象は4,000世帯強。ラオスでは土地を収用した後に、補償金が支払われることも多いという。
大多数の国民にとって、鉄道事業が生活に直接影響しないからだろうか。沿線住民やバスの乗客に聞くと「鉄道が完成すれば乗ってみたい」などと歓迎する声がほとんど。債務を国民が負うという問題意識や反中国感情は微塵(みじん)も感じられなかった。
■国内の旅客・貨物需要少ない
中国との国境ボーテンからルアンプラバン、ビエンチャンを経てカンボジア国境まで、ラオスを南北に縦断する国道13号線の、舗装状況は良いが道幅は狭く、交通量は意外に少ない。タイやベトナムに繋がる国道がルート上に多数あるため、ラオス市場向けの日用生活品はビエンチャンを経由せず輸入される。
中国とタイを結ぶトラック物流ルートや中国人観光客もビエンチャンには来ない。ボーテンからフアイサイ(ラオス)・チェンコン(タイ)にかかる第4メコン国際橋(第4友好橋)経由でタイ北部の都市チェンライやチェンマイに向かうからだ。
旅客需要も少ない。ビエンチャン(82万人)を除くと沿線最大人口(9万人)のルアンプラバン。バスターミナルでビエンチャン行きの時刻表を見ると、バスが5便(うち夜行3便)、乗り合いミニバンが5便だけだ。ルアンプラバンからビエンチャンの間にはこのほか小型航空機が1日2~3便運行するが、バスと航空便を合わせても、8両編成の高速鉄道の定員(約600人)には満たない計算だ。
乗車したルアンプラバン発ビエンチャン行き「VIPバス」は、台湾製の古びたハイデッカーバスだった。エアコンはほとんど効かず、約400キロを11時間かけて走った。料金は13万キープ(約1,700円)。険しい山岳地を走るからか、休憩時間には熱くなったタイヤに水をかけて冷やす。
■「中国の影響どの国にもある」=ラオス議員
ビエンチャン到着の翌日、プラチット国会議員に話を聞いた。(中国が99年間の権益を取得したスリランカ港湾のような)債務問題は発生しない、とプラチット氏は自信を示す。ラオス側官民の拠出は事業費の3割だけで、負担は大きくないとの見方だ。住民への補償金がまだ支払われていないことについては、行政能力の欠如の克服が今後の課題だと述べた。
中国人がラオスへ、ラオス人が中国へ往来する際には現在、ビザ(査証)が必要だが、開通前にはビザ免除が実施されるとの見通しを示す。ビザ不要であれば、乗車時に出入国手続きが完了し、鉄道が国境で長時間停車しないようなシステム構築が可能だろうと話す。
対中依存が強まるラオスが「中国ラオス省」になると言われている、との質問に対しては、「中国の影響はラオスだけの問題ではない。日本を含めどの国でも避けられないだろう。だから、中国の影響をどうコントロールしてゆくか、に注力したい」と述べた。
隣接する中国、タイ、ベトナムの影響を強く受けるラオス。プラチット氏は、鉄道という「動脈」の完成によって、首都ビエンチャンの求心力が高まることに期待する。
旅客便は当初1日1~2往復からスタートすると関係者から聞いているという。プラチット氏が期待を寄せるのが国内貨物輸送だ。幹線は高速鉄道で運び、沿線に貨物ターミナルを設け、トラックに積み替える輸送モードを構築したいと意気込む。中国向けの輸出鉄道貨物は鉱物資源が多いだろうと話す。
■物流コスト高いラオス
ラオスでは、物流コストが高いと言われる。
工場で使用する安全靴を製造するミドリ安全(東京・渋谷)の現地法人、ラオ・ミドリ・セーフティ・シューズの遠藤隆工場長(7月取材当時)は、「賃金上昇分は生産性向上でカバーできる。しかし、自助努力で解決できないのが、タイ国境をまたぐ物流コストの高さだ」と指摘する。
同社では、日本―タイ・バンコク近郊の物流倉庫の輸送費(40フィートコンテナ)は片道約1,200米ドルだが、日本―ビエンチャンは約3,000米ドルにも上る。バンコク―ビエンチャン間のトラックが帰り荷を積まない「片荷」や、通関手続きのコストが高いという。
ラオスのトラックが、バンコクまで実質的に乗り入れできない。「タイとラオスの業者間で競争が起きず、タイの物流業者が価格を高めに設定する一因では」と遠藤氏は指摘した。
■非協力的に映るタイ
ラオスには09年に開通した鉄道がある。ビエンチャン近郊タナレンからメコン川にかかる第1友好橋の道路面を走り、対岸のタイ・ノンカイまでの約5キロをタイ国鉄(SRT)が運行する。1日2往復、2両編成の日本製ディーゼルカーは、物珍しさで乗る外国人観光客ばかりで、ラオスの社会・経済への波及効果はない。
タナレンを積み替えや倉庫機能のある物流パークとして発展させ、バンコクへ鉄道でコンテナ輸送する計画が開業当初からあった。昨年3月にようやく、鉄道の利用が可能なコンテナターミナルができたが、運用は開始されていない。複数のラオス側関係者は、「タイの物流企業が邪魔をしている」と話す。鉄道輸送によって、トラック輸送や通関手続きの売上高が減少するからだという。ラオス側からみると、タイは物流円滑化に協力的ではない、と映る。
タイ側の高速鉄道計画が不透明な現状では当面、標準軌(線路幅1,435ミリ)のラオス高速鉄道がタナレンまで乗り入れ、貨物を積み替えるのが現実的。タイの在来線(狭軌=線路幅1,000ミリ)はシンガポールまでの乗り入れが可能だ。プラチット氏も、ラオスとタイの高速鉄道が直通運転できるのが理想、としながらも、当面はラオスが積み替え地点として機能することに期待を示す。
<メモ>
■ラオス高速鉄道
「中国ラオス鉄道(中老鉄路)」とも言われる中国国境ボーテン―ビエンチャンの鉄道。延長427キロとされるが、最近では414キロと報じられている。全線単線。15年12月に整地などを開始、16年12月に本格着工、21年12月2日(建国記念日)完成予定。ビエンチャンのターミナル駅周辺の着工が遅れている。
旅客用は最高時速160キロ設計だが、平地の一部区間では時速200キロ運行。総工費約60億米ドルは、ラオス国内総生産(GDP)の半分に相当する。ラオス政府負担はその10%程度とされ、ラオスの鉱物資源が代価として支払われるようだ。11年の事業発表当初は総工費70億米ドルとされ、当時のラオスGDPの1.3倍に相当した。
■メコン川に列車専用橋の建設計画
タナレン―ノンカイの第1友好橋に並行して、列車専用の橋りょうを下流側400メートルの地点に建設する計画がある。第1友好橋は路面電車のように、車道にレールが敷かれており、列車が通るたびに自動車の通行ができなくなるためだ。