「商品は接客のおまけ」焼きたてチーズタルト専門店「PABLO」嵜本将光社長に聞く 成功する事業のつくり方
とろけるような食感でおなじみのチーズタルト専門店「PABLO」。熟練のパティシエが作ったような味わいだが、この店を立ち上げた株式会社ドロキア・オラシイタ代表取締役の嵜本将光氏は洋菓子業界未経験、創業当初はまったくの素人だったと言う。買う人をワクワクさせる商品やサービスは、どのような思いから生まれたのか。創業から現在に至るまでの取り組みを、嵜本氏に聞いてみた。
(聞き手・仙石実・公認会計士、税理士/構成・Tokyo Edit 大住奈保子)
製菓の素人だからこそ生まれた
「とろけるチーズタルト」のアイデア
(仙石)まず、焼きたてチーズタルト専門店「PABLO」の歴史についてお聞かせください。
(嵜本)PABLOの1号店は、2011年9月に大阪・梅田の「ホワイティうめだ」というショッピングモールにオープンいたしました。
PABLOという名前は画家のパブロ・ピカソに由来しています。パブロ・ピカソと言えば、キュビスムという技法で絵画の世界に革命をもたらした人物。チーズタルトで革命を起こしたいという想いにぴったりの名前だと感じました。
ありがたいことにまたたく間に行列のできるチーズタルト専門店として認知され、大阪の中心地である心斎橋商店街の一等地に2号店を構えることができました。
心斎橋は海外からの観光客も多い街です。2号店を出してからは、PABLOのチーズタルトは“ジャパンスイーツ”として、海外のお客様からもご注目いただくようになりました。
(仙石)PABLOが成功した一番の理由は、どんなところにあるとお感じですか。
(嵜本)私はパティシエではありません。洋菓子の製造についてはまったくの素人でしたが、だからこそ固定概念に縛られず、今までにない発想で商品開発に挑むことができました。
チーズタルトと言えば当時、ニューヨークベイクドチーズケーキと呼ばれるしっかりとした食感のものが主流でした。私は「今までにない食感」に注目し、サクサクのパイ生地の中からなめらかな生地がとろけ出るチーズタルトを作りたいと思いました。
また、限られた時間の中でより多くのお客様に商品を提供するためには、短時間で焼き上げるための工夫が必要でした。
そのために、まず工場で一度焼成したパイ生地の中に、独自の製法で開発したとろける食感のチーズ生地を流し込むという「二度焼成」を行うことにしました。
これによって本来であれば40分程度かかる焼成時間を約10分に短縮。今までにない食感のチーズタルトを、短い待ち時間でご提供できるようになりました。
(仙石)PABLOは商品だけでなく接客にもこだわりがおありだと聞きましたが、具体的にはどのようなことなのでしょうか。
(嵜本)接客については、お客様に小さなサプライズをお届けする事を大切にしています。スイーツを買うということは、ちょっとした非日常だと思うのです。だからPABLOに来ていただいたお客様には、テーマパークに来たようなワクワク感を味わっていただきたいと思っています。
まず、製造工程が見られるような店作りをし、スタッフにも「キッチンはステージである」という意識を持ってもらうように指導しています。また、お客様と目が合ったら厨房の中から手を振り、レジに来てくださったときやお帰りになるときも両手で手を振ります。こうしてご来店いただいてからお帰りいただくまでの時間を目いっぱい楽しんでいただけるよう、工夫をしています。
異業種からの参入で直面した収益化の壁。
いつの間にかスタッフの笑顔も消えていた
(仙石)PABLOの事業はまったく異業種からの参入だったとお聞きしたのですが、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
(嵜本)当初は家業であるブランドリサイクル業に携わっていたのですが、二次流通品を扱う業種柄、買取でお客様から商品を仕入れないとビジネスが成り立たないという点を非常にネックに感じておりました。
業績が上がれば上がるほど、仕入れが追いつかなくなるという状況に陥っていたのです。こうした経験から、仕入れに左右されずに好きなだけ売れるしくみを作りたいというのは、ずいぶん前から考えていたことでした。
スイーツ販売の構想が具体的になってきたのは、カフェ付きの買取サロン作りを思いついた頃ですね。ブランドリサイクルと言えば、無機質なデスクが並んだ冷たいオフィスをイメージされるかと思いますが、そうではなくてもっといい雰囲気のオフィスを作りたいと思いました。
女性がゆっくりくつろいで、高級なバックや宝石、金属を売りに来られる――。こんなシーンから連想されたのが、カフェ付きの買取サロンでした。今思えばこの「カフェ付き」という思いつきが、スイーツ販売の最初のきっかけかもしれませんね。
(仙石)なるほど、カフェというところからスイーツにつながっていったわけですね。
(嵜本)はい、そうです。でも、ただカフェをやるだけでは面白くないし、収益という面でも成り立たないとも思いました。当時はちょうどお取り寄せスイーツブームが加熱した時代でしたので、カフェで出すスイーツ、ケーキ類をテイクアウトもできるという物販も兼ね備えたお店を作りたいと思ったのがはじまりでした。
当初はカフェ内の物販という位置付けでしたが、そうこうしているうちに、堂島ロールをはじめとした“行列のできるスイーツ店”が数多く世に出てきました。こうした時代の流れもあり、スイーツ販売をしっかりとした事業の柱にしたいという思いが強くなっていきました。そしてついには買取サロンを取っ払って、洋菓子一本で勝負をするようになったのです。
(仙石)洋菓子の中でもチーズタルトに絞られたのには、何か理由があったのでしょうか。
(嵜本)当初立ち上げた店舗は総合洋菓子店だったので、ケーキも焼き菓子も販売していました。他にはないような変わった商品ばかり作っていたので、すぐに話題になりまして(笑)。2年で約13店舗に拡大し、「スイーツ界の風雲児」なんてお言葉をいただいたりもしました。
ただ、お菓子は生ものなので、経営をする上ではロス率や物流コストなどを細かく把握しておかなければなりません。まったくの異業種から参入したということもあり、私はそのあたりをしっかりと把握できていませんでした。
すぐにお店は自転車操業に陥り、売上は上がっているのに利益はまったく残っていないという状況になりました。日々の残業の疲れにより、スタッフの顔からもいつしか笑顔が消え、辞めていく人も増えてきました。
スタッフが笑顔で作っていない商品が、おいしいわけがない。それに気づいたとき、私は11店舗の撤退を決定しました。その日作った商品をその日に売るという当たり前のことを追求した結果できたのが、店頭で焼き上げた商品を販売する、チーズタルト専門店だったのです。
事業を長く継続させるには
商品プラスアルファのサービスが必須
(仙石)現在関西全域はもちろん、全国各地や海外にも店舗を展開されていますが、多店舗展開にあたって注意されていることはございますか。
(嵜本)PABLOは日本全国に約39店舗あるのですが、床や壁、天井、ファサードなどを店舗ごとに変えるようにしています。どこの店舗に行っても同じというのは、やはり面白くないですよね。ブランドの希薄化を防ぐためにも、店舗デザインにこだわっています。
またご当地商品を開発することによって、その地域でしか食べられないチーズタルトの販売も実現しています。地元でも旅行先でも食べたくなる。そんな商品を目指しています。
(仙石)今後していきたい取り組みや事業のビジョンはございますか。
(嵜本)今後はお客様にスイーツだけでなく時間と空間、つまりライフスタイルのご提案までしていきたいと思っています。様々なシーンに合わせてカフェや物販店を使い分けて頂く事で、PABLOはもっともっとお客様に愛されるブランドになれるはずです。
具体的には、カフェ併設の店舗作りにおいては、お客様がくつろげる空間づくりに力を入れています。たとえばお子様連れの女性のお客様が多い店舗には和座敷スペースを作ったり、お子様が遊べるプレイランドを作ったりという感じ。最近では海外の店舗でも、客層に合わせて店舗作りを工夫したカフェが増えてきていますね。
事業を継続していくためには、お客様に長く愛される施策をどれだけ行えるかが大切だと思います。それには商品だけではなく、「人」の力による心のこもったサービスが必要です。販売するスタッフの接客ひとつで、同じ商品の魅力が10倍に引き上げられることもあれば、0になってしまうこともあるからです。
私はクルーに対して、サービスに対してお代金を頂戴できるような接客をするよう日々指導しています。商品のチーズタルトが「おまけ」だと感じていただければ、お客様はPABLOのファンになってくださるはずです。
今、飲食に関して、日本ほどレベルが高い国はありません。だからこそこれからを担う飲食業界の経営者のみなさまには、ただおいしいだけの商品を目指すのではなく、お客様に愛されるサービスを含めた、本当の意味で価値の高い商品の提供に力を入れていっていただきたいと思います。
<プロフィール>
嵜本 将光(さきもと・まさみつ)
株式会社ドロキア・オラシイタ代表取締役。焼きたてチーズタルト専門店「PABLO」を全国に39店舗、海外に13店舗を展開。