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「のれんは血よりも濃い」 船橋屋代表取締役 八代目当主 渡辺雅司 〜老舗ファミリー企業が守る伝統と攻める経営〜

「人がおいしいものを口にしたとき、自然とこぼれる笑顔は幸せの証。その一つひとつがつながることで、心豊かな社会が実現する」こんな思いのもと、江戸固有の和菓子「くず餅」の製造販売を手がける「船橋屋」は、江戸時代から続く創業211年の老舗企業だ。歴史と伝統だけに頼るのではなく、平成の世に合う経営革新で会社を発展させる8代目当主、渡辺雅司氏にくず餅の持つ知られざる魅力と、医療や健康分野への展開計画などについて聞いた。(聞き手:早川周作・経営コンサルタント)

450日かけて熟成させたくず餅はたった2日の命

早川)「くず餅ひと筋まっすぐに」を企業理念とし、200年以上の歴史を持つ船橋屋。くず餅や社名のルーツを教えてください。

渡辺 くず餅は東京の東側から下総・千葉にかけて、江戸時代に農家でおやつとして食べられていたものです。小麦粉を水で溶いて、黒砂糖をかけて食べていました。もともと先代は船橋大神宮の横で豆腐屋をやっていたんですが、にぎわいのあるところでくず餅を商品化して売ってみたいと、亀戸天神の参道で売り始めたのが始まりです。亀戸なのに「なぜ船橋」と思われるかもしれませんが、屋号は出身地から取っているのです。

早川)くず餅を作る上でのこだわりや、独特の食感を生み出す秘密などはあるのですか?

渡辺 あまり知られていませんが、くず餅は和菓子唯一の発酵食品なんです。小麦粉を洗ってグルテンを除去し、残ったデンプンを発酵させて作っています。この弾力は蒸しただけでは絶対にダメで、発酵過程を経ないと出ないんですね。その期間は300日でも500日でもダメで、450日がベスト。今、食べているくず餅はなんと450日前に仕込んだものなんです。ワインのように、仕込んだ年の気候によって、味が変わることもあります。夏が猛暑だと発酵が進み、より一層、弾力が出て、とてもおいしくなります。

実は以前に比べて発酵臭を抑えています。ヨーグルトや納豆は酸っぱくても発酵食品であることを認知されているので大丈夫なのですが、くず餅の場合はそうではないので、「匂い」を消しています。そのほか、仕込みの間にクリスタルボウルの音色を聞かせています。イロイロ試しましたが、これが一番良かった。おいしさの秘密です。また、発酵させるために450日も寝かせるので、仕込み水が大事になります。岐阜と沖縄に工場がありますが、天然水をくみあげて使っています。

早川)450日間、発酵させた商品の賞味期限は2日だそうですね。

渡辺 「刹那の口福」と言いまして、本当に一瞬なんですが、「幸せを楽しんでいただきたい」という思いがあるものですから。保存料を入れたり、真空パックを使ったりすれば、もっと販売量を増やせて、売上も伸びると思いますが、人間は自然に誕生するものだから、「自然なモノ」を食べてもらいたいのです。それができないなら、もうそこでは売らない。450日間かけて作ったものの、賞味期限が2日というのは、江戸っ子の「潔さ」と「儚さ」と「粋」だと思って愚直に守り通しています。

早川)社長ご自身の健康や若さの秘訣もくず餅にありますか?

渡辺 あると思います。発酵しているものなので、腸をきれいにしてくれるのか、食事するたびに便通があります。実は、昭和40年代に比べて食品を通じて体に取り込まれる有害物質は7倍ほどに増えているといわれ、そのため身体に不調が出てくる人が増えています。そういう状況に加え、便通が悪いと困りますよね。肉を37度近い環境に24時間置いたらどうなると思いますか?それがお腹の中にずっとある状態は、身体に良くないと思いませんか。くず餅を分析したら、13種類の乳酸菌が入っていることがわかりました。病気の原因は腸にあるとも言われます。乳酸菌は非常に効果があると思っています。

早川)健康食品はもちろん、和菓子や和スイーツなど競合商品があふれています。強みはどこでしょうか?

渡辺 誰にも作れないってことではないでしょうか。例えば、大福は作ろうと思えば、誰にでも作れると思います。しかし、くず餅は450日かかりますから。200年のノウハウは、ほかにはなかなか真似できないと思います。

伝統を守るためにこそ必要だった改革

早川)100社があれば95社が潰れていくといわれるビジネスの世界で、220年以上も事業を続けるのは大変なことです。経営に関する方式や哲学、先代から引き継いだDNAなどはありますか?

渡辺 ファミリービジネスで大事なことは「親父と息子の物語」です。パラダイムみたいなものを次の世代に引き継いでいるところは、なかなかきついのではないでしょうか。親父に楯突いてでも、自分のパラダイムを作っていくことが大事です。

渡辺家には「のれんは血より重い」という考えがあります。船橋屋の当主に相応しくない人材は、たとえ自分の子どもであっても、のれんを継がせることはできない。実際、8代続く中で、中にはダメ息子もいました。家業は継げず、外に出されました。祖父も躊躇なく実子を追い出し、私の父を養子にしました。実は祖父も養子です。僕にも息子がいますが、ダメだったら外に出します。家業を潰したら終わりですから。

早川)銀行員から船橋屋の社員になって驚いたことや、社長を引き継いだときに苦労されたことはありますか?

渡辺 職人たちが、昔ながらの製法を護ってきてくれたことには、大いに感謝しています。ただし、彼らの行動には驚くことも多くて。「今日の仕事はもう終わったから」と、午後4時ぐらいから「酒盛り」です。何か指導をする時は、論理的に説明するのではなく、「バカヤロウ」と怒鳴り、時には手が先に出る。日曜日は場外馬券場に競馬に行ってしまい、お店には誰もいなくなる。そういうことが起きないように、トップダウンで押さえつけるしかありませんでしたが、どんどん人は辞めてしまった。その度に新卒を入れて、自分の考えを理解してくれるような人材を増やしていきました。

早川)リーダーシップの面で先代との違いを感じることはありますか?

渡辺 父親の時代は高度成長期です。エスカレーター式に自分のポジションが上にあがっていく仕組みでした。強いリーダーシップで、自分が引っ張るスタイルで良かった。「仮面ライダー」のように、「改造されても一人で戦う」みたいな……。しかし今は、どちらかというと人気コミックの「ワンピース」型と言うか、仲間をまとめ、同士を集めながら戦うというやり方が時代に合っているようです。昔の組織はピラミッド型の編成でしたが、今は「オーケストラ型」だと思います。社長は指揮者で、バイオリンやビオラなどで音の悪い人がいたら、みんなで修正して、音を調整します。「社長は同じ目線で一緒にいる」と感じてもらえたえら、それが安心感につながる。

仮面ライダー型をやり続けると、周りから人がいなくなります。ただ引っ張るのではなく、いかに仲間とともに心豊かに成長していけるかが重要と考えます。

早川)そういう表現でリーダーシップを語る社長も珍しいですね。若い社員さんが企画する会社説明会が面白いと評判だとお聞きします。

渡辺 こんな老舗企業で下町の和菓子屋なのに、新卒学生が2万人近くもがエントリーしてくれるようになりました。入社後も個人の能力を引き出す研修や取り組みをしています。だから、スピード成長する人材が多いですよ。社員の自主性を促し、志を共有できるよう、さまざまなプロジェクトを立ち上げています。

早川)なにより社員に浸透させたいこととはどんなことでしょうか?

渡辺 一つは文化性です。お客さまのライフスタイルに、船橋屋が物語としてどう入ってきたかということです。たとえば、この前も104歳で亡くなったお客さまが、生前に「自分のお葬式をくず餅で飾ってほしい」との遺言を残されました。だから、葬儀にうちの写真とくず餅を送りしました。お客さまは「戦時と戦後の苦しいときに、唯一の楽しみは、亀戸天神の前でくず餅を食べることだった」とおっしゃっていたそうです。自分が小さい時はおばあちゃんに連れられて、大人になったら子どもや孫を連れてきて、104歳ではひ孫を連れてきて……。「死んだら閻魔大王にくず餅を持っていくから」ということでしたが、これこそが企業の文化性です。

もう一つは社会性。なんのために会社が存続するか、社会に対してどんな役割があるかと常に問い続けることです。自社の利益でなくて、世の中を幸せにするために、何をするかでしょう。うちで言うなら、食事を通して体に入る有害物質のことには、高い意識を持ってほしいです。

「発酵」で世界の健康に寄与したい

早川)今後、新しい事業構想などあれば教えてください。

渡辺 まずは、これまで通り、伝統を守りながら、発酵の文化を世の中に広げていくことです。もう一つは革新的な取り組みとして医療とのタイアップです。くず餅に含まれている乳酸菌でいかに人々の腸を健康にしていくかということです。いずれ「カラオケ」と同じくらいに、「発酵」を世界のスタンダードにしたい。

「人間は皆、健康でいたい」と思っています。そこには大きなマーケットがある。船橋屋のくず餅は、「エセ」のものではなく、212年間、生き残ってきたという証拠がある。医療向けと一般向けに分けてやりたいですね。男性は女性に比べて腸内が汚いんです。肉を食べるしビールも飲む。ここで、くず餅の乳酸菌をジュレタイプにしたら食べやすいですよね。賞味期限も2年程度にしたものを、売り出したいですね。このほか、歯周病対策としての活用も考えています。プラークは普通、歯科医院で、抗生物質を使って除去します。もしかしたら、乳酸菌のジュレを口の中に含んで3ヵ月ぐらい続けると、きれいになるんじゃないかと思っています。その他にも、水虫薬や化粧品の開発で声がかかっています。

海外展開の話も進んでいます。例えば、フィリピン。今後、最も成長が見込まれている市場の一つで、投資する計画があります。くず餅をそのまま持って行くことはできなくても、発酵させたメイド・イン・ジャパンのお菓子を投入したいと思っています。中国の上海やタイでも「発酵」がテーマだと、とても反応が良かった。今後さらに広がると思います。くず餅は非常に古いお菓子ですが、弊社はいまだに成長し続けています。それは「くず餅」に特別な意味があるからではないでしょうか。リーマン・ショック以降も、増収・増益が続いています。発酵食品の持つ健康パワーを地道に伝えていきたいなと思います。ぶれることなく、真っすぐに。

【プロフィール】
渡辺雅司(船橋屋・代表取締役)
1964年生まれ。東京都出身。立教大学卒業後、大手都市銀行に入行。 企業融資や債券トレーダーなどの業務を経て退職し、1993年に船橋屋に入社。2008年に8代目当主として代表取締役に就任し、家業を継いだ。200年を超える老舗企業の経営方式を次々と改革を行い、新卒採用で約17,000人のエントリーがあるなど、若い世代の注目を集めている。座右の銘は「我以外皆我師」

 

【会社概要】
商号:株式会社 船橋屋
設立:1952年10月
創業:文化2年(1805年)
事業内容:くず餅・あんみつなどの製造販売、和スイーツなど創作カフェの経営
従業員数:180名
事業所:亀戸天神前本店 東京都江東区亀戸3-2-14 ℡ 03-6280-1522
直営店:亀戸駅前店・こよみ広尾店・柴又帝釈参道店・本土寺参道店
売店:日本橋三越、日本橋高島屋、東京大丸、新宿小田急、ルミネ新宿、池袋西武、池袋東武、東京スカイツリーソラマチ店など東京、埼玉、千葉に19店舗
HP:http://www.funabashiya.co.jp/sph/

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