「満足を超える感動のサービスを求めて」外資系高級ホテルでキャリアを重ねた一流ホテルマンが感動した「仕組み」の秘密 ザ・リッツ・カールトン沖縄 総支配人 吉江 潤
数あるラグジュアリーホテルの中でも極上のホスピタリティを提供することで知られるザ・リッツ・カールトン。顧客ニーズを適切に予測して提供するサービスには、「満足を通り越した感動を呼ぶ」との定評があり、世界中のゲストから絶大な信頼が寄せられている。
赤坂プリンスホテル、パークハイアット東京、グランドハイアット東京、マンダリンオリエンタル東京と、日本でも名だたるホテルでホテリエとして仕事をしてきた吉江 潤 氏は、 現在、ザ・リッツ・カールトン沖縄で総支配人を務めている。沖縄本島で最も美しい海といわれる名護湾を望む高台に建つホテルで最高レベルのサービスを実現するために日々、奮闘している吉江氏に話を聞いた。
(聞き手:早川周作・経営コンサルタント/構成:株式会社フロア)
縁に導かれ外資系ホテルを渡り歩く
(早川)日本人としては初めてリッツ・カールトングループで総支配人に抜擢されたそうですが、これまでのキャリアも含めて、吉江さんの経歴を教えてください。
吉江 自分の努力よりも、タイミングが大きいと思っています。あえて申し上げるなら、人が好きなので、人が繋いでくれた人間関係が導いてくれました。私のキャリアはみんな人と人との「つながり」でつくられています。
新卒でプリンスホテルに入社し、できたばかりの赤坂プリンスホテル(赤プリ)に配属されました。時はバブル絶頂期ですから、様々なことを学ばせていただきました。
赤プリに10年勤めた後、初めて転職したのは、新宿のパークハイアット東京です。オープニングのためにすごく熱心に誘ってくれました。ホテルを評価する上で、稼働率とか、平均単価とか、いくつか指標がありますが、パークハイアットでは、オープン前から「将来の平均単価は5万円を目指す」と言っていました。
これに対して、周囲からは「そんなことありえない。夢物語だよ。絶対に失敗するから、移るのはやめておいた方がいい」と言われました。
ところが、パークハイアットは開業から2、3年後には、「日本で一番いいホテル」と言われるほどの名声を得ました。そのタイミングで、私はセールス責任者のポジションで仕事を経験することができたのは、とてもよかったと思っています。
続いて私は、六本木のグランドハイアット東京のオープニングに関わることになり、セールスとマーケティングの統括責任者としてチームをまとめて本格的にやりました。その後、マンダリンオリエンタル、リッツ・カールトンと職場を変えましたが、いずれも紹介していただいたご縁です。
よそには真似できないサービスの秘密
(早川)ザ・リッツ・カールトンに私がこれまで宿泊して感じるのは、ほかのホテルと明らかにサービスが違うことだと思います。なぜここまで違いが出るのか、企業理念なども交えて教えてください。
吉江 私たちは「クレド(信条)」「従業員との約束」「モットー」「サービスの3ステップ」そして「サービス・バリューズ」が書かれた「ゴールド・スタンダード」と呼ばれるカードを肌身離さず携行していますが、クレドの冒頭で「リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することを最も大切な使命とこころえています」とあります。企業理念はもうズバリこれです。
また、このクレドを活かすための仕組みがあります。そのひとつは「成功への要因」というものです。これには5つの項目があり、優先順位がつけられています。
最優先の項目は「リッツ・カールトン・ミスティークを強化する」というものです。ミスティークとは神秘性という意味で、英語で「ワオ!」と言うときのような、驚きと感動の体験をつくりだすことです。その実例を「ワオ!ストーリー」と呼んでいますが、これをたくさんつくることが最優先なのです。
途中を飛ばして、最後となる5番目が財務です。他のサービス業ならば、これが最初の項目になるのが普通だと思いますが、リッツ・カールトンの優先順位では最後なのです。
2番目が従業員、3番目がお客様です。従業員がお客様よりも上位にあるというのも、他社ではあり得ないでしょう。従業員がハッピーでなければ、お客様をハッピーにさせられないというのが理由です。現場で直接お客様に接するスタッフが主役なのです。スタッフがいて、マネージャーがいて、その上にディレクターがいる。私たちの役職の“役”はサポート“役”なのです。
この他、リッツ・カールトンは、お客様の満足度はもちろんのこと、それを超えてエンゲージしていただくことを追求しています。
このエンゲージ度は、毎日、お客様にオンラインでアンケートを出していただき、スコアにします。お客様に返信していただいた時点で、数値化され、お客様のコメントも読むことができます。
(早川)これまで、さまざまな一流外資系ホテルを渡り歩いてこられましたが、それらと比較して、リッツ・カールトンが満足を超えるサービスを提供し続けられる秘訣は何でしょうか?
吉江 これもいくつかある中の一つですが、「エンパワーメント(権限委譲)」という、お客様の願望をスピード解決するための仕組みの存在でしょう。
リッツ・カールトンでは、スタッフが経費を自分の裁量で使えることが有名です。しかし、金額が重要なわけではなく、目の前にいるお客様に喜んでいただけるパーソナルな対応をすることで、お客様をエンゲージできると判断したら、すべてのスタッフが、本人の判断で行っていいのです。
いくつかエンパワーメントの具体例をご紹介しましょう。
まず、これはリッツ・カールトン大阪での話ですが、客室に眼鏡を忘れた大学の先生のために、スタッフの判断で、新幹線に乗って東京まで眼鏡を届けに行ったそうです。
また、これは沖縄での話ですが、鉄板焼レストランを利用されたお客様との会話の中で、お気に入りの泡盛があることが分かり、翌日も来店されるということだったので、スタッフはその泡盛を提供しようと考えて、近くの酒屋に問い合わせたところ、どのお店からも「売っていない」と言われてしまったのです。しかし、諦めずに沖縄中の酒屋に問い合わせ、1軒だけ在庫があることがわかり、翌日お客様に提供したら、とても喜ばれました。
こうした話は、他のホテルやサービス業ではあり得ないことだと思います。イレギュラーなことをするときは、必ず上長の承認をもらわないといけないでしょうし、コストがかかるものは敬遠されてしまうでしょう。
「満足」というレベルで終わったお客様が、ホテルのリピーターになってくださる確率は50%、五分五分です。しかし、何かに感動して感謝をされたお客様は、必ずまた来てくださいます。
さらに、自分が利用するだけでなく、いろんな人に自分の感動を伝えたくなりますし、そうした体験をネットにも書き込んでくださるのです。それが新しいお客様へとつながるのです。エンパワーメントがあると、お客様には喜んでいただけますし、働いているスタッフも自信が持てます。
自分の判断でお客様が喜ぶことに成功したら、うれしさがまた自分に戻ってきて、仕事をすることがさらに楽しくなります。そういう仕組みはリッツ・カールトンにしかありません。
(早川)ロスのリッツ・カールトンに泊まったときに、急きょ「NBAのチケットを取ってほしい」と頼んだときの対応が素晴らしかったことを覚えています。ハワイでも、カウンターの対応や飲食店の対応が良くて、ハワイに行ったときは、「また泊まろうか」という気持ちになります。
吉江 そうした仕組みが、リッツ・カールトングループのすべてのホテルで統一されていて、実際に行われていることも「仕組み」なのです。世界中に90ヵ所以上ありますが、すべて同じ仕組みで運営されています。
私が10年前にザ・リッツ・カールトン東京に入ったとき、この仕組みには本当に驚きました。業界歴20年以上でも、そのすごさに感動しました。他のホテルや会社でも、似たようなカードがありますが、、全然、活かされていない。リッツ・カールトンはその仕組みに沿って行うことで、誰でも成功できるようになっているのです。
「思いやり」こそ、すべてのベース
(早川)ときには「無理難題」や「クレーム」を言うお客様もいらっしゃると思います。そうした場合は、どのような対応をされるのですか?
吉江 それも「仕組み」になっています。頭文字を取って「LEARN」と呼ばれています。その方法を取ることで、お客様は怒りが静めてくださることが分かっています。
「LEARN」とは、「Listen」「Empathize」「Apologize」「Resolve」「Notify」の5つです。お客様の立場で状況を「聞く」、そして。「共感」する。その上で、「謝罪」して、問題を「解決」し、その結果を「お知らせ」するのです。特に途中経過を報告することで、私たちがきちんと対応していることを理解していただきます。それがとても重要で、そうすることが人間関係の維持につながります。
何か問題が起きたとき、私たちの最終目的は、問題の解決ではなく、お客様をエンゲージすることなのです。実は、リッツ・カールトンのヘビーリピーターになってくださったお客様には、最初にトラブルやクレームがあったケースが多いのです。先ほど「仕組み」と申し上げましたが、これら一連の行動は、すべて相手に対する思いやりがベースになっています。
(早川)スタッフの育成方法もユニークなようですね?
吉江 それぞれのスタッフに対しても、一人の対等な人間として接し、会話を交わして、一方的に指示を出すことはありません。先ほども申し上げましたが、私たちは、あくまでもサポート役で、主役は現場の人たちなのです。彼らが働きやすい環境を実現するために、リッツ・カールトンの管理職はより気を遣っています。
管理職の役職に対する呼称も独特です。他の外資系ホテルの「エグゼクティブ・コミッティ」にあたる役職を、リッツ・カールトンでは「ガイダンスチーム」と呼びます。つまり、ガイド役なのです。
(早川)最後に、百年先も愛されるホテルであり続けるために必要なことは何でしょうか?
吉江 繰り返しになりますが、ベースであるゴールド・スタンダードに戻ることです。必要なことは、すべてここにあります。ただし、これをつくるだけでは意味がありません。活用しないといけないのです。人間ですから、完璧というのは無理です。必ずミスをしますし、スタッフによって受けるお客様の印象も違います。だから、完璧を目指すというよりも、「昨日より今日、今日より明日」という考えが大切です。
(早川)最後に読者の方々へのメッセージをお願いします。
吉江 現在、日本にある外資系ラグジュアリーホテルで、複数あるのはリッツ・カールトンだけです。国内には東京、大阪、京都、沖縄にございます。ぜひ一度お越しいただきたいと思います。さらに2020年には、栃木県日光と北海道ニセコで開業することも決まっています。ぜひご期待ください。
【プロフィール】
吉江 潤(ザ・リッツ・カールトン沖縄 総支配人)
1959年、東京都生まれ。1983年、プリンスホテル入社。1994年からパークハイアット東京、2001年にグランドハイアット東京、2004年にマンダリンオリエンタル東京の開業に携わる。2006年にザ・リッツ・カールトン東京に入社し、副総支配人に就任。2011年、ザ・リッツ・カールトン沖縄の総支配人に就任
【会社概要】
ザ・リッツ・カールトン沖縄
住所:沖縄県名護市喜瀬1343-1
アクセス:那覇空港から直行リムジンバス(大人2100円)
中型ハイヤー(片道16,000円、所要時間75分)
総部屋数:97部屋
レストラン:イタリアン、鉄板焼き、ダイニング、バー、ラウンジ
施設情報:スパ、フィットネスジム、プール、隣接ゴルフ場
HP:http://www.ritzcarlton.com/jp/hotels/japan/okinawa