いま世界中の観光地が直面する「オーバーツーリズム」の危機《Part.1》
2018年、訪日外国人旅行者が3000万人の大台を突破し、国を挙げてインバウンドの需要拡大に沸き立つ日本。
世界的に見ても国外へ旅行する人の数は年々増加しており、2017年の世界の海外旅行者数は過去最高の約13億人(前年比7%増)、観光産業による総輸出額は1兆6000億ドル(約176兆円・前年比5%増)に達したという。格安航空会社の進出や途上国の経済発展を背景に、世界的な「旅ブーム」は今後もますます拡大すると予測されている。
その一方で、いま世界中の多くの観光地では「オーバーツーリズム」という深刻な問題に直面し、その対応・対策に頭を悩ませているようだ。日本で「観光公害」とも呼ばれる「オーバーツーリズム」とは、いったいどのような問題なのか……。国内外のさまざまな事例や取り組みを、2回に分けて詳しく見ていくことにしよう。
そもそも「オーバーツーリズム」とは何か?
観光地の許容限度を超える観光客が押し寄せることで、さまざまな弊害が生じる事態── それが「オーバーツーリズム」だ。これは2年ほど前から世界で使われはじめた造語で、いまや観光産業を語る上で、業界でも学術界でも欠かせない言葉となっている。
まず、観光地に人があふれると、街の混雑、交通渋滞・事故、騒音、ゴミ・トイレ問題、環境破壊などさまざまな問題が発生し、そこに住む地元の人たちの日常生活にも支障が生じてくる。さらに、これらの問題が拡大することで、観光地の価値や魅力自体が失われてしまう可能性もあるのだ。オーバーツーリズムとは、こうした危機的事態の総称といえるだろう。
地元住民の生活が脅かされる海外3都市の事例
このオーバーツーリズム、世界各地で深刻な事態を生み出している。まず、地元住民と観光客のトラブルが多発し、国や行政が対策に乗り出した3都市の事例を見てみよう。
【バルセロナ/スペイン】
1992年のバルセロナ五輪を機に、スペイン最大の観光都市に成長したバルセロナ。市民約160万人に対して、その20倍近い年間約3200万人の観光客が訪れ、夜間の騒音やゴミ問題などが深刻化。民泊の増加で空室のアパートが減り、賃貸物件の家賃が急上昇するなど、市民生活への支障も生じているという。
こうした事態を受け、2015年に就任したアダ・コウラ市長は「バルセロナをきれいな街に再生させる」と宣言し、2016年10月から1年間、歴史地区での新たな商業施設の開設を禁止。さらに、2020年に向けた観光都市計画では、宿泊(民泊)を目的としたマンションの建設禁止と、固定資産税の引き上げを発表している。
【アムステルダム/オランダ】
アムステルダムの観光名物「ビアバイク」。1台に10人ほどのグループが乗車し、ビールを片手にペダルをこいで街を散策できる観光用の乗り物だ。
しかし近年、観光客の増加とともにビアバイクによる交通渋滞・事故や、酔って騒ぐなどの問題が頻発。住民からの苦情や市側の訴えを受け、地元裁判所は「無秩序な振る舞いは許されない」と判決を下し、2017年11月から市中心部でのビアバイク営業を禁止する条例が施行された。
【ベネチア/イタリア】
「水の都」と称される世界有数の観光地ベネチアでは、地元住民約5万人に対して、その500倍におよぶ年間約2500万人の観光客が訪れる。増えすぎた観光客の影響で、生活通路の運河や路地の混雑が慢性化し、ついに地元住民の怒りが爆発。大量の観光客を運び込む大型客船の周囲をボートで取り囲み、「ベネチアに来るな」と海上デモを展開する事態となったのだ。
これを受けてイタリア政府は、ゴンドラや観光ボートのルート変更を命じ、ピーク時には路上にも観光客の立ち入りを制限するゲートを設置。地元住民を優先して通行させる措置を講じた。
海洋汚染が深刻化する人気リゾートの事例
オーバーツーリズムによる環境破壊が深刻化し、国が観光客の立ち入りを禁止したリゾート地域もある。
【ピーピーレイ島マヤ湾/タイ】
2000年に公開されたレオナルド・デカプリオ主演の映画『ザ・ビーチ』のロケ地となったことで、世界的に有名になったピーピーレイ島のマヤ湾。小さな湾に1日約200隻のボートで4000人もの観光客が訪れる人気リゾートとなり、ゴミやボート、日焼け止め剤などによる海洋汚染で、これまでにない環境破壊が発生する事態となった。近年の調査では、同地域のサンゴ礁は80%以上が破壊され、かつて見られた海の生態系も大きく失われたと報告されている。
これを受けてタイ国立公園野生生物植物保全省は、2018年6月からマヤ湾を閉鎖して観光客の立ち入りを禁止。当初、閉鎖は4ヵ月間のみの予定だったが、閉鎖後も海域の植生破壊が進行しており、短期間での生態系回復は不可能として、同島のマヤ湾とロサマ湾への立ち入りは無期限禁止となった。
【ボラカイ島/フィリピン】
人口1万人ほどのボラカイ島は、年間約200万人が訪れる人気のビーチリゾートだが、近年は観光客が急増して汚水対策が後手にまわり、ドゥテルテ大統領が「汚水のたまり場」と形容する状況に。違法に建てられた施設から下水や廃油が海に垂れ流されるなどして、周辺地域の海洋汚染が年々進行していたのだ。
そこでフィリピン政府は、2018年4月から島を全面閉鎖して観光客の立ち入りを禁止。違法建築物の撤去や排水施設の整備などを進めた結果、環境保護に一定の成果があったとして、同年10月から宿泊施設を限定して島の閉鎖を部分的に解除した。
解除後は、一度に島へ滞在できる観光客数を従来の半分以下に制限し、海岸での火気使用やイス・テーブルの設置、喫煙・飲酒などを全面禁止。政府は今後も環境対策を続けながら、観光施設の営業解除を段階的に広げていく方針だ。プヤット観光相は「ボラカイ島を持続可能な観光地づくりのモデルケースにしたい」と語り、他のリゾート地にも環境対策を求める書簡を送ったという。
観光収入で成り立っている観光地のジレンマ
以上、世界の人気観光地に広がるオーバーツーリズムの危機的状況と、問題解決に向けた取り組みを見てきた。これら5つの観光地のように、増えすぎた観光客に対処するためには、ある程度の制限・禁止事項を設け、場合によっては観光地の閉鎖といった厳しい措置をとる必要があるのかもしれない。
とはいえ、多くの観光地は観光客が落としていくお金で成り立っている。当然ながら、訪れる観光客が増えれば多くのお金が地元でどんどん消費され、地域産業への大きな経済効果も期待できるだろう。しかし、観光客が増えれば増えるほど、オーバーツーリズム問題に直面する危険性が増すことにもなる。
つまり、観光地としては「多くの観光客に来てほしい」「観光客が増えすぎると困る」という、なんとも複雑なジレンマを抱えているのだ。そうした事情を考えると、オーバーツーリズムの対策・解決が一筋縄ではいかないことがわかるだろう。
いま世界中の観光地で深刻化するオーバーツーリズム問題は、インバウンドが急増する日本の観光地でも徐々に浮上しており、すでに対策に乗り出している地域もあるようだ。次回は、主な国内観光地の事例や取り組みとともに、将来に向けた観光産業のあり方について考察する。
※参考資料・サイト/NHK NEWS WEB、日本経済新聞
≪記事作成ライター:菱沼真理奈≫
20年以上にわたり、企業・商品広告のコピーや、女性誌・ビジネス誌・各種サイトなどの記事を執筆。長年の取材・ライティング経験から、金融・教育・社会経済・医療介護・グルメ・カルチャー・ファッション関連まで、幅広くオールマイティに対応。 好きな言葉は「ありがとう」。