歴史や価値とともに変化する「お値段」④── 古書
ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。
さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較してみましょう。これまで「カメラ」「初鰹」のお値段をご紹介してきましたが、今回のテーマは古本(古書)です。本好きの方だったら、新刊書店にある本だけでは飽き足らず、図書館、そして古書店を活用している方も多いはず。さて、古書のお値段はどのように決まるのでしょうか。
歴史や価値とともに変化する「お値段」① カラーフィルム
歴史や価値とともに変化する「お値段」② カメラ
歴史や価値とともに変化する「お値段」③ 初鰹
出版界だけではない。縮小する古書業界?
現在、出版界は本の売り上げの落ち込みに苦しんでいます。新刊の販売総額は、1996年をピークに長期低落傾向にありましたが、2009年にはついに2兆円を割り込みました。新刊のみならず、月刊誌、週刊誌、コミック等の紙媒体は総じて減少傾向にあります。
一方、古書業界ではどうでしょうか。環境省がまとめた「リユースの市場動向調査結果」というレポートがあります。これはつまり、中古品の消費動向に関する調査です。ちなみに中古品の売買は、消費者物価指数などの踏系には反映されません。
この調査によると、2016(平成28)年の数字を2012(平成24)年度の調査と比較すると、「書籍」の推計購入者数は、2264万人から2073万人で192万人減。パーセンテージにすると、マイナス8.5%となります。推計市場規模は994億円から787億円で207億円減。こらちはマイナス20.9%となります。この結果からも古書業界も縮小傾向にあるようです。
ネットとは異なる独特の味わい。古書集めの楽しみ
「読書離れ」という言葉に代表されるような、先述した数字の変化(減少)は、本というものへの人々の意識が大きく変化しつつあることを示しているのでしょう。
しかし、世の中にはネットやテレビでは出合うことのできない情報も大量にありますし、とくに古い本にはネットとはまったく異なる独特の味わいがあります。これこそ、「古書マニア」という人たちが存在するゆえんでしょう。
現在では、古書の世界にブックオフやAmazonなどの新しい業態が登場したことで、古書をめぐる世界や概念も様変わりしました。
さて、古書の値段が高くなるためには、いくつかの条件があります。
●本文のページ折、書き込みなどがされていないこと。
●カバーや帯(本にまかれる宣伝文を記した横長の紙)など新刊時についていたものが欠けていないこと。
邪魔だなと感じる帯つきが、驚くような値段の古書に!
面白いのは、帯です。読んでいる時には「邪魔な紙片」だと思うこともありますが、出久根達郎氏の『作家の値段』によると、三島由紀夫の短編集『魔群の通過』(昭和24〈1949〉年、河出書房)は、美本の場合、本体だけで20万円ほどした貴重本ですが、帯がついているものはめったに世に出ることがなく、もし帯つきが出てきたら、「驚くような値段になるだろう」とされています。ちなみに現在では、ネット古書店では帯なしの『魔群の通過』は8万円ほどの値がついています。これほどの高値を見ると、まだまだ三島本の愛好者はいなくなっていないようです。
もう一つは、やはり初版本です。
初版でしかも著者のサインが入っていたりすると、やはり古書値は高くなります。
三島由紀夫は、通常の装丁と限定版の豪華本をよく作ったことでも有名ですが、こうした豪華本は古書マニアのあこがれの的です。
昭和39(1964)年に出版された豪華本『仮面の告白』は、毛筆の署名と番号入りで、しかも金属フレームのガラスの表紙で箱入り、限定1000部というものでした。現在ネットで3万円ほどとなっています。
誰も見ないような本でも、希少性が古書の価値を決める
古書の価値は、やはり希少性、つまり数が少ないことで決まります。
たとえば、時代小説を書く小説家や、歴史を研究する歴史家は、人が使っていない珍しい資料をいかに見つけらかに神経を注ぎます。
小説家の故阿川弘之氏は、生涯で一番高かった古書は『旧海軍恩給加算調書』(1964年、厚生省援護局、全7巻)で、数十万円したと書いています。
これは旧日本海軍の軍人恩給の算定の基礎資料なのですが、同書を見れば旧海軍のあらゆる戦艦の行動や寄港地のほとんどすべてがわかるという貴重な資料であり、希少性は非常に高いもの。ちなみに現在ネットでも、同書は流通していないようです。
そんな希少性が非常に高い本を「誰が必要とするんだ?」と思われるかもしれません。しかし、だれも顧みなくなった、特定の本にしか書いていないことはあるのです。そして「情報の価値」だけではなく、それ以上に、本には手触りや活字の味わいなど、やはりかえがたい魅力があります。
入手困難だった本が、奇跡の復活を遂げていることも
こうした魅力が得られるかぎり、縮小しつつあるとはいえ古書は残り続けることでしょう。いかにネット上で情報が氾濫しているとはいえ、ネットで調べることには限界があります。そして、ネットからは得られない情報もあまたあります。
そうした希少な情報や著作物を、パソコンの画面ではなく実際に手にした時の喜びは得難いもの。さらに最近は、絶版本を紙と電子で復元する動きが大手出版社などで行われており、入手困難とされていた本が奇跡の復活を遂げていることもあります。「もう一度、あの本が読みたい。でも、もう手に入らないし……」とあきらめている方がいれば、あらためてネットで検索してみるとよいかもしれません。
〈プロフィール〉
帰路游可比古[きろ・ゆかひこ]
福岡県生まれ。フリーランス編集者・ライター。専門は文字文化だが、現代美術や音楽にも関心が強い。30年ぶりにピアノの稽古を始めた。生きているうちにバッハの「シンフォニア」を弾けるようになりたい。