吉崎誠二の「データで読み解く、不動産市況のいま⑥ 」【老舗・永続企業になるための不動産戦略~なぜ、不動産を所有する企業が増えているのか?~】
銀座の中央通りから日本橋にかけてあるくと、昔からの名のある企業の暖簾が多く目に入ります。
こうしたいわゆる老舗企業と呼ばれる企業が超一等地にある大きなビルの1階に店を構えています。「銀座の一等地でさぞかし、家賃が高いだろうな」と思いながら、その店先から目を上にやると大きなビルがそびえています。店舗を構える企業が所有しているビルのようです。店舗の売り上げの何十倍ものビルの賃料収益があるように思えます。
どれくらい長く続く永続企業の事を老舗企業と呼ぶのでしょうか?その定義はあいまいなようですが、同族企業ならば、少なくとも祖父、父、子の親子三代50年以上続くかなければ老舗とは呼びにくいと思います。
企業が50年以上続くために、必要なこととして、産業のライフサイクを乗り越えるということがあります。
ある企業が創業するとして、たいていそのビジネスは現在の(その時の)時流にあったものが大半です。例えば、2017年のいま、これから海苔や鰹節の製造販売業を始める方は少ないと思います。しかし、かつては多くのこうした日常生活に欠かせない物の製造販売業は多く見られました。
その後、産業のライフサイクルの変化とともに、海外企業や郊外企業に製造の中心は移っていき、企業統合、廃業などが増えます。
そんな中でリーダー格の企業は変化する業界の中にあっても牽引役として業界の革新に邁進したからこそ、老舗企業として生き残って現在も確固たる地位を維持し続けているのだと思います。誰にも止められない産業のライフサイクルの動きに打ち勝つには、常に変化・進化が求められます。
しかし、そんな企業にも、苦しかった時期があったと思います。売り上げが伸びない、利益が伸びない・・。
私の知り合いの経営者でテーラーを営む方がいらっしゃいます。テーラーは、かつて「背広屋」と言われていたような、「仕立て屋さん」です。ここ数年、再び脚光を浴びるテーラー業界ですが、郊外量販店(洋服の〇〇のような)や2プライスショップなどに押されて、1990年代後半ごろから廃業が相次ぎました。
その企業は業界を代表する老舗企業であり、多くの顧客を抱えていましたが、売り上げがかなり落ち込み苦戦をしておられました。ま
た、この企業は駅前一等地に9階建てのビルを所有し、1~2階が店舗で、9階がオフィス、他の階は賃貸していました。
関係する方からの紹介で初めてお会いした際にこんな話をされました。
「相当、売り上げが下がり、赤字が続いているので、廃業しようかどうか悩んでいる。ここ数年赤字が続いているけれど、自社が所有するビルの賃料のおかげでなんとか持ちこたえてきた。この賃料のおかげで、この後も企業の存続はできるが、このまま続けてもテーラーのビジネス的には厳しいのではと思う。なにかいい方法はないですか?」 というような内容でした。
私は、廃業することはなく、テーラービジネスの業績回復を目指しましょうとアドバイスをしました。
その声に応えていただき、ビジネスモデルを革新し、経営者の方をはじめ従業員が懸命に努力をされたおかげで、そのご業績は回復し、現在は規模を拡大して経営されています。しかし、改革の後も2~3年は苦しい時が続きました。その間、財務的に経営を支えたのは賃料収入でした。
増える土地を所有する法人数
図2は、国土交通省が平成25年(2013年)に公表した、土地を保有する法人の数の推移です。
これをみると、平成15年(2003年)から平成20年(2008年)にかけては、法人数が減っています。
当時「持たざる経営」がもてはやされた時代で、大企業中心に社宅を売却したり、稼働率の低い向上を閉鎖したり、あるいは工場を郊外に集約移転したり、さらには「使っていない土地」を売却したりして、所有する不動産の集約化が進み、コアビジネスに集中する傾向にありました。
しかし、近年では、図表でもわかるように、社宅保有の傾向が復活したり、企業が不動産投資を行ったりすることも増えてきました。
中小企業においても、遊休土地を売却するという選択を取らず、そこに例えば賃貸住宅を建てて、賃料収入を得ることで、安定した収入を増やすという方針の企業も増えてきました。
このように、現在では「持たざる経営から、持つ経営、そして稼ぐ不動産を持つ経営」への転換事例も増えてきました。
CRE戦略は、大企業だけに必要なものなのか?
CREという言葉は、2000年代の中頃からよく耳にするようになりました。
CREとはCorporate Real Estate の頭文字を取ったもので企業が保有する不動産のことを意味します。所有するビル、工場、社宅等 不動産の種類は様々あります。
CRE戦略とは、企業と不動産の関わり方の方針で、企業が所有する不動産を最大限有効に活用することにより、「企業価値の最大化」を図ることを目的とします。
企業価値を何で測るかは、企業の状況によって異なります。上場している企業ですと、株価、時価総額などと分かりやすい指標があります。一方、中小企業等では、売上、利益、経常利益等で測ることになります。効率的に不動産を使って、いかにお金を生み出すか、生産性を上げるか、株主や社員に利益還元するか、などと言ってもいいでしょう。
中小企業にとってのCRE戦略は、ビルや工場等を所有する大企業の行うCRE戦略と大きく異なります。
国土交通省等の行政機関がまとめているレポートやシンクタンクが発信しているレポートなども、その論拠となる実態調査に協力してもらえる企業のほとんどが大企業であるため、どうしても実態の把握(現状分析)から提言に至るまで、その内容は一定以上の規模の企業に相応したものになっています。たいていのCRE関連の書籍やコラム、レポートなどは、こうしたものがベースにあるため、基本的にその内容は大企業をイメージして書かれています。
しかしながら、日本の企業の90%以上は中小企業であり、「企業と不動産の関わり」について真剣に考えないといけないのは、大企業も中小企業も同じです。
企業の不動産戦略を考えるときに大事な事は、不動産を不動産単独で考えないということです。具体的には、経営戦略の一環としての不動産戦略であり、財務戦略の一環としての不動産戦略でなければならないという事です。
中小企業にとっての不動産をもつ意味とは
中小企業にとって賃料収入のある不動産を持つことはどんなメリットがあるのでしょうか?
先に述べたように、企業を経営していると、市況の波や産業のライフサイクルの波に飲み込まれてしまう可能性があります。今まで通りに経営していても、どうも売り上げが伸びない、利益が上がらないというときです。ビジネスモデルの変革、革新が要求されている時期ということですが、それを敏感に感じ取り、すぐに改革に移せる企業は多くありません。そんな時の下支えになってくれるわけです。
さらに、銀行からの資金調達の際に、担保価値として力を発揮することもあります。企業の拡大のために様々な投資は必要不可欠ですが、その際の銀行からの評価も変わってきます。つまり、中小企業が大企業に進展していく際にも役立つ可能性も考えられます。
苦しい時には下支えとなり、発展期には、その原動力となる存在です。このようなことを繰り返していくことで、企業は安定経営を行うことができます。そして、それが長く続くと永続企業、老舗企業と呼ばれる存在となっていくわけです。
吉崎 誠二
不動産エコノミスト 社団法人 住宅・不動産研究所 理事長
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。立教大学大学院 博士前期課程修了。㈱船井総合研究所上席コンサルタント、Real Estate ビジネスチーム責任者、基礎研究チーム責任者等を経て現職。不動産・住宅分野におけるデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーションなどを行うかたわら、全国新聞社、地方新聞社をはじめ主要メディアでの招聘講演は毎年年間30本を超える。著書:「データで読み解く 賃貸住宅経営の極意」(2016年2月)「2020年 大激震の住宅不動産市場」(朝日新聞出版)「消費マンションを買う人、資産マンションを買える人」(青春新書)等10冊。多数の媒体に連載を持つ。公式サイトhttp://yoshizakiseiji.com/