スタートアップの企業価値評価方法とは
はじめに
スタートアップとは、リスクを取り、新しい事業分野で、大きな成長を目指す企業を意味します。世の中に新しいサービスを広め、ビジネスを軌道に乗せて、大きな成長を目指していく上で、リスクマネーの獲得等のエクイティファイナンスによる資金調達を行うことが必要不可欠です。そのためには、企業の価値がいくらになるのかを自身で把握し、合理的に納得感を得られる形で企業価値を評価して、交渉に臨むことが大切となります。ここでは、企業価値とは何か、企業価値の評価方法にはどのようなものがあり、何を用いることが適切なのか、それぞれの長所と短所、特徴に触れて、スタートアップの企業価値評価方法を確認していきます。
企業価値とは何か
企業価値評価方法を確認していく前に、そもそも企業価値とは何なのか、どのように企業価値が形成されるのか、何を以って評価を行うのかを見ていきましょう。
企業の価値とは何なのか。顧客に素晴らしい製品やサービスを提供すること、雇用や従業員の生活を守ること、きちんと税金を納めること、社会的な公器として、社会に貢献していくこと等、立場や見方によって、企業の価値と呼べるものには様々な側面があります。
ここで、スタートアップがエクイティファイナンスを行うことを前提とすると、立場や見方としてはスタートアップの経営者や、それに資金を提供するVC(ベンチャーキャピタル)やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)等から見た価値でなければなりません。
つまり、企業が今持っている資産の価値や、類似する事業を営む上場企業における値付け、企業が将来成長してお金をどれだけ生み出すことができるかという観点で、企業価値が評価され、そのうち、どれだけの価値を株式といった形で渡すのかを交渉していくことが必要となります。
さらに、企業価値を定義する視点としては、スタートアップの経営者が出資してから、今まで稼ぎ出してきた利益の総合計としての純資産で、取得原価で評価を行うコストから見た視点、株式市場で付されている相場観から評価を行うマーケットから見た視点、企業が将来稼ぎ出すお金がいくらなのかから評価を行うインカムから見た視点の3つの捉え方があります。
企業価値とはそれぞれの視点から多面的な評価が行われるものであり、唯一絶対の正解があるわけではないため、それぞれの特徴を踏まえた上で、適切な評価方法を選択することが大切となります。
純資産法
企業価値評価の方法について、まずは純資産法から見ていきたいと思います。純資産法とは、貸借対照表の純資産をベースに企業価値(株式価値)を算定する方法です。つまり、企業の株主が今まで出資し、稼ぎ出してきた利益の総合計としての純資産を企業価値評価の基準とするため、株主にとっての取得原価となり、最低限これだけは値付けしたい目線となります。
会計上の純資産を目線とするため、とても客観性の高い方法となりますが、特にスタートアップにおいては、純資産が潤沢であることが少ないため、純資産法で評価を行う場合は株式の価値が低く評価され、持株比率の希薄化の影響が大きくなる可能性があります。持株比率が低くなると、企業の支配権や権限、創業者のモチベーションにもマイナスの影響があります。さらに、スタートアップとはリスクを取って、大きな成長を目指す存在ですので、その価値の源泉は本来、将来のお金を稼ぎ出す力にあることを忘れてはいけません。スタートアップは過去の実績では無く、将来の成長性や可能性で勝負を懸けていくものですので、後者の視点で交渉を進めていくことが大切となります。
なお、やや話がエクイティファイナンスから逸れますが、純資産法は客観性が一番高い手法となりますので、エクイティファイナンスではなく、ストックオプションの付与で用いられる場合があります。例えば、税制適格ストックオプションとの関連から、税務上否認されるリスクが少ない(客観的な)権利行使価格を付与対象者に有利な形(つまり権利行使価格を低く)で算定する等の目的に適合する場合があります。
類似企業比較法
次に類似企業比較法を見ていきたいと思います。類似企業比較法とは、類似する事業を営む上場企業における値付け等を参考に企業価値(事業価値や株式価値)を評価する方法となります。例えば、ある類似上場企業の企業価値(事業価値)が1億円であり、営業利益が1千万円だとすると、営業利益の10倍(倍率)の値付けが行われていることになるため、スタートアップの営業利益が100万円だとすると、企業価値(事業価値)が1千万円(100万円×10倍)で算定されることになります。
類似企業比較法の特徴としては、実際に株式市場で付されている相場観を反映できるため、説明がしやすいことが上げられます。しかし、この方法で用いる倍率が、実際の株式市場で付けられている現在の株価を目線とするため、短期的な利益水準等を反映した指標となり、スタートアップの直近や1年後の利益を基準とすることになります。スタートアップの場合、直近や1年後の利益が赤字であることも多く、その場合は算定される企業価値(事業価値や株式価値)が意味を持たない異常値になる可能性があります。また、足元や短期的な利益水準が低いことが多く、算定ができても低い価値水準となる可能性もあります。
したがって、スタートアップの評価には一般的には馴染まない形となりますが、株式上場時の企業価値評価がPER倍率でシミュレーションや決定される場合や、DCF法の継続価値(スタートアップが事業計画上で、成長しきった先のキャッシュフローが生み出す事業価値)の算定の中で部分的に用いられる場合があります。また、類似する上場企業における値付けや財務諸表等を参考に、類似点を見て、ベンチマーキングすることで、自社の企業価値や資本政策上の前提が常識から外れていないことを検証し、納得感を以って説明する使い方もできます。
DCF法
DCF法は、スタートアップの価値の本質である、未来の成長性に着目した企業価値評価方法となり、スタートアップの評価に最も適合する方法になります。将来の成長やエクイティストーリーを描いた事業計画(数値モデル)をベースに将来のキャッシュフローを算定し、それがどれだけのリスク(どれだけ計画から乖離するか)を含んでいるのかを反映した割引率を用いて割引計算することで企業価値(事業価値)を算定します。
将来の事業計画を企業価値評価に織り込むことができるため、将来の成長性を評価に反映させ、算定される企業価値(事業価値)が大きくなる特徴があります。しかし、事業計画が絵に描いた餅となってしまうと、価値の根拠が無くなってしまうため、納得感、説得力、合理性、実現可能性等を事業計画書等でサポートする必要があります。そこには企業のビジョンや会社の方向性、社内外の事業環境(マーケット、社内リソース・ケイパビリティ等)の分析、戦略・事業の方針、事業計画(数値モデル)の数値の根拠が含まれ、将来の成長性を説得することが求められます。
DCF法のもう一つの重要な要素が割引率となりますが、リスクを取って、大きな成長を目指していくスタートアップの事業計画は大きな右肩上がりで算定され、事業基盤や市場が確立されている大企業とは異なり、事業計画の実現可能性にリスクが大きい場合が多く、市場で通常観測される割引率を用いる場合は価値を過大評価する可能性があります。したがって、実務ではベンチャーキャピタル等のリスクマネー供給元の投資家が用いる期待利回り(IRR)を用いることが多くなります。30%~60%等の大きな割引率を用いることになりますが、会社の成長ステージに応じて米国の統計データ等を参考に決定されることになります。
スタートアップの評価にDCF法を採用することは、不確実性が高い側面がありますが、本質的には目に見える形でモデルに落とし込み、その前提となっている事柄について、一つ一つ確認していくことで、交渉を建設的に進めることが大切です。
J-KISS
スタートアップの評価において、最も適合する方法がDCF法となりますが、上述の通り、事業計画の合理性の説明等、最も時間が掛かるのがバリュエーションの交渉であり、合意が得られず、条件面で納得することが難しい場合も考えられます。そこで、迅速に資金調達し、バリュエーションを先送りする方法として、J-KISSを用いた手法もあります。
J-KISSとは有償新株予約権による資金調達方法になります。特に最初のエクイティファイナンスのシリーズAラウンド前のシード期で、なかなか納得するバリュエーションが付けにくい場合に用いられることが多いスキームとなります。具体的には有償新株予約権の発行価額の払い込みを行い、所定の期限内にシリーズAが発生した場合、早期に早く投資した特典として、より多くの株式に転換できることが典型的な流れとなります。
バリュエーションを先送りしつつ、迅速に資金調達をしたい場合はこちらのスキームも検討することが考えられます。
おわりに
スタートアップの評価はDCF法をベースに、将来の事業計画や成長性に焦点を当てることが重要となりますが、資金調達において、最も時間が掛かるのがバリュエーションの交渉であり、合意を得ることが難しい場合や、迅速性を求める場合はJ-KISSを用いた手法も選択肢となります。
また、スタートアップの企業価値評価では、純資産法や類似企業比較法もエクイティファイナンスではなく、ストックオプションや株式上場時の想定バリュエーションのシミュレーション等で用いられる場合もあるため、企業価値の評価方法は適材適所で使いこなしていく姿勢が大切です。
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