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第28回 日本酒とスタッフの成長に心血を注ぐ、情熱と技巧派の経営者 モトインプレッションズジャパン株式会社  平井克彦社長

コンビニと飲食店経営の両立

日本では焼酎がブームで、まだまだ日本酒は注目されていなかった10年前、新宿に一軒の日本酒専門立ち飲み店ができた。「日本酒スタンド 酛」だ。単なる角打ちとは違う抜群の品揃えと、スタンドバーとは思えない料理。酒場と一線を画する清潔感とスタッフの高い知識。こうして始まった平井克彦社長の挑戦は、その後10年間に東京各所で7店舗へと拡大。すぐれた日本酒の語り部を多く輩出し快進撃を続ける。そんな平井社長は、少し意外な生い立ちから話始めた。

「スタートはコンビニでのアルバイトだったんです。やがて店長に、そしてある程度経営も任されるようになりました。ファストフードや焼肉のフランチャイズ店も手がけました。でも、念願だった日本酒の店を、今こそ自分たちのオリジナルでやりたいと考え、コンビニ経営から離れる決意をしたところ、結局コンビニも引き受けてくれと頼まれ、現在はコンビニ、飲食店の二本柱でやっています。

日本酒は、自分が客として好んで飲んでいたころは、本当にいい店が少なく、唯一、吉祥寺にあった2001年から2002年頃の『須弥山』が大好きで、いつかこのような店を作りたいと考えていました。最初、神田に日本酒の店を出したのですが、JR東日本の複々線工事で立退きになり、神保町の物件で少し高級な和食『神保町 傳』を開店。現在は弊社のグループ店『Kyobashimoto』の鈴木、『know bymoto』の島田、そして独立・移転した『神宮前 傳』の長谷川料理長との3人体制でスタートしました」

日本酒立ち飲みスタンドのパイオニア

平井社長が始めた「傳」は、やがて世界を牽引する日本料理店へと成長している。「傳」オープン2年後、平井社長は新たなコンセプトで、本格的な日本酒の店へと着手した。

「自分たちで、オリジナルの日本酒の店を始めようとしていた当時は、今と違って敷居の高いところがほとんどだったので、できるだけ安くやりたい一心で立ち飲みスタイルを選びました。その後立ち飲みは一大ブームになり定着しましたが、その頃はとても珍しかったんです。

と同時に、『傳』の長谷川のもとで二番手だったスタッフを料理長にして新橋に『Kyobashimoto』の前身となる小さな割烹も開きました。

初年度は一千万以上の大赤字でしたが、コンビニ経営との両立でなんとか乗り切りましたが大変でした。

客単価が3千円と1万円を越える二つの店を並行してやったのは、一つの価格帯のみだと経営は息詰まるし人も育ちにくいので、さまざまな価格帯をまんべんなくやるべきとの信念を、スタート当初から持っていました」

様々な価格帯の店と人材を組み合わせる

平井社長の言葉通り、その後10年には、「須弥山」のあった吉祥寺に「PLAT STAND 酛」を。恵比寿には「須弥山」出身の女性料理人と日本酒アドバイザー千葉麻里絵さんを配した、宝石という名の「GEM by moto」を、新宿では新たにTSUTAYAと、銀座では京都の料亭下鴨茶寮と組んで出店。様々な価格帯の店を着実に展開していった。

「酛グループ全部の店舗を変えているのは、個人店という見せ方個々運営している人の個性を引き出しだしてあげたい、同じ形態のパッケージで増やしていくやり方もあるんですけと、ぼくは人を育てたいとの考えが根底にありました。

考え方ひとつで飲食店はやる気と自己の勉強と努力で誰でもできる。でも、客単価が3千円、5千円、8千円、1万5千円、3万円と個々には全然違います。でも、やりたいという意欲は皆同じ。まずは3千円の店でスタートして技術や接客を磨き、5千円、8千円と異なる価格帯にもトライする。やる気があるのにできない、与えないのは嫌なんです。一人一人のやりたいことや能力に合わせて店作りをしたらこうなった、ということでしょうか。

実際に店舗を作るのも苦労しますが、うちには日本酒というメインとなる軸があるので、日本酒と人・料理・内装等しっかり組合せる事をしていけば誤ることはないと思っています」

日本酒のための料理への探求

平井社長は、ミシュランガイドで二つ星を獲得している「神宮前 傳」に代表されるように、料理つまり日本酒とのペアリングが相乗効果をもたらすと考えている。ファンだった「須弥山」出身の小野寺氏(現在は神楽坂「おの寺」店主)を料理顧問として迎えた。

「日本酒をどう飲んで頂くか、それは料理と楽しんでもらう事なのです。結局食事と合わせることで日本酒も生きてくる。料理についてはそれぞれの店に任せているので、グループのメニューは全店違い、料理に対するきめ細かい工夫や日本酒とのマッチングもすばらしいと思っています。

特に最近の日本酒の動きは早いです。垣根がないので情報交換もすばらしい。ぼくは日本酒好きなだけですが、スタッフの鈴木や千葉を筆頭に社員皆蔵元まであしを運んで、彼ら彼女ら独自の関係を築いています。

いっぽう料理人は基本外部募集です。ただ、当初から厨房を守ってきてくれたメンバーがしっかり続けてくれているので、次に入った世代へと踏襲しています。その中で、2代目、3代目と任せることのできる料理長が生まれ、次の店舗展開へとつながっていくのです。2019年3月、田町にオープンした「そばまえ bymoto」は、グループ内に蕎麦職人がいたので任せてみることにしたのと、蕎麦と日本酒というベーシックな組合せを実現させたかったという意図です」

社員全員を社長にしたい

酛グループの各店舗に行くと、多くの若いスタッフ、特に女性がいきいきと働いている。人数も潤沢だ。人手不足が恒久的な問題である飲食業界にとって大変すばらしいことだ。スタッフの皆さんは、まず日本酒が好きという共通項がある。特に女性なら、千葉麻里絵さんのような日本酒のカリスマを輩出する土壌もグループにはある。そして何より、平井社長の考え方が魅力的だ。

「ぼくは、社員全員を経営者、平たくいえば社長にしたい夢があります。野村克也元監督が言っておられた、「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上なり」。私はこの言葉を自分の糧にしながら経営をしています。長年一緒にお店を創ってきてくれた社員は、いろいろな経験をし、たくさんの良い出会いもでき、信用と信頼も生まれ、飲食業の楽しさや面白さを伝える側になると同時に、人を育てる側になるべき。また、年齢を重ねれば重ねるほど、自分の身体な的変化や親の介護、家族の事など仕事以外でさまざまに抱える問題が出てきます。そうなると、きっと店で働けないタイミングってあると思うのです。そんなとき、きっちりとスタッフを育て、夢や希望、働く意義やモチベーションを与えられる人となっていれば、次の世代が経験を積める店舗を構築することができ、その人を中心としたお店になるのです。

そうなると、しだいに店舗業務を整理できて、時間を自分のために使えるようになります。たとえ店舗で働けなくなっても、社長になれば定年はないのです。飲食業でしっかり生計を立てられ、生涯い続けることができる魅力的な職場、組織を作りたいし、作ってほしいと願うんです。

一つの店をパッケージとして任せ、その下に同じような系統の店をいくつか作る。アメーバのごとくどんどん広がっていくんです。確かな系統がひとつできれば、若手にも新たなチャンスが生まれるし、育ったらどんどん次へと引き継いでいく。そんな取組みをしていきたいです。もちろん経営に興味がなく、ずっと職人でいたい人もいます。その気持ちを大切に平等に育て、うちの会社にいてよかったと思ってもらいたいんです。

社員には理念と目標と目的以外、細かいことは言いません。何のためにやるか、お客様はなんのためにいらっしゃるのか、何のために店はあるのか。今一度考えようよ。それが、お店が必要とされる最大のファクターだよと。

各店簿には、予告なくふらっと行きます。あ、来た、みたいな緊張感が楽しくて。だらけてたら指摘します。エプロンとか靴とか」

酛グループの各店舗は、店内もスタッフも驚くほど清潔だ。ビルの地下レストラン街にある7坪のスタンドバーにも化粧室を持つ。なので、どの店にも女性の一人客が多いのも特徴だ。

昼飲み文化の醸成と地域密着型の店づくり

今までお話をうかがっていると、平井社長の経営者としての将来設計はすでにオフィシャルにはできあがっているように感じる。そこで、改めて個人としての思いをうかがってみた。

「休みの日には浅草や立石に出かけます。ここには自然な形で昼飲みの楽しみが生まれています。ぼくは、昼飲みを習慣ではなく文化にしたい。蕎麦と日本酒、鮨と日本酒など昼の食事にも日本酒を飲む機会が増えたらいいな、そしてそれが文化になればと考えます。

酛グループの各店舗は、夜だけではなく午後から開けています。銀座、田町、吉祥寺店は、昼から選りすぐりの日本酒がたっぷり飲めます。ぼくも昼から自分の店で飲んでいますよ。

さらに昼飲みとなれば、オフィスが連なる都心より地域密着型の店との関係が深いですよね。浅草でも立石でも、基本は地域密着です。うちの吉祥寺店「PLAT STAND 酛」は、都心とは違う吉祥寺の特性を生かした地域密着型の営業を実践していますし、地方出身の社員が地元に戻ってやりたい思いがあれば金銭的な面を含めて応援していきたいです。

売上のほとんどを地代に持っていかれる都心での営業よりも地域密着型の店舗の方が、大胆な資本の使い方やメニュューの工夫など、フレキシブルな展開ができそうです」

その後、平井社長と筆者は、昼飲みの文化が定着した地域密着の酒場が密集する南スペインの話で盛り上がった。

日本酒好きの筆者は、平井社長にお目にかかる前、酛グループの各店舗を巡った。もうすぐ社長に会う筆者が目前にいるとは知らず、社長が来てこんな話をしていた、社長のメッセにこんな言葉があったなど、スタッフ同士が社長のことを楽しそうに話していて、きっと社員の皆さんは社長のコアなファンなんだなと実感した。

筆者は、社長にお目にかかる前に社長の人となりを感じることができ、1時間強のインタビューで、すっかり社長のファンになった。まさに社員の皆さんと同じ気持ちなのだ。


ファースト商事ホールディングス株式会社
【URL】http://www.fsknet.co.jp/corporate/index.html

【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。

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